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今、お坊さんが熱く語る!!

2008.03.28  桜

開花宣言から数日がたち、本日の「花金」と呼ばれる夜は、桜の名所では花見三昧といったところでしょうな。

 

2年前、この桜を見せてあげたいと願った私。

 

桜の花が咲くたびに、それが叶わなかったことを思い出すのでしょうね。

 

2年前の3月19日の夜、父は逝ってしまった。

 

私が、家族が「せめて桜の花が咲くまでは・・・」と願ったあの頃。

 

少しでも長く生きていて欲しかった父への思い。

 

しかし、苦しむ父の姿はその気持ちを萎えさせた。

 

あまりにも突然に、その日は訪れた。

 

「これが最後になるだろうから、せめて桜の花を・・・」の願いもむなしく。

 

多くの親戚、父の友人が見舞いに訪れる中、父は自分の最期を覚悟していたかもしれないと思うと、心が痛くなる。

 

桜の花には『せめて桜の咲くまでは・・・』と言う思いにさせる何かがある。

 

桜の花の時期が訪れると、ふとそんな思いと共に、父に会いたくなる。

 

そして・・・

 

心から詫び、心から感謝したくなる。

 

いつまでもあなたの息子でいたかった・・・

 

いつまでも笑って杯を交わしたかった・・・

 

桜の花の下で・・・

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2008.03.13  斉藤さん

おはようございます。 お坊さん 林です。

 

さて、今日は昨夜行われたTVドラマ「斉藤さん」についてです。

(昨夜は、リアルタイムで観られないのでビデオ録画して深夜に観ました^^;)

 

全回は観ていないのですが、斉藤さんの毅然とした(ちょっと行きすぎかと思うこともありますが^^;…)態度には、毎回「本当はこうでないといけないんだよなぁ」と思わされます。

 

ですが、現状は・・・ 善悪の判断も、自分の都合でつけていることが多いように思われてなりません。

 

「世の中それだけでは上手く立ち回れない、時には目をつぶるときも…」そんな言葉が心を席巻してしまいます。

 

「今回だけはしょうがないんだ」そんな言い訳ばかりが繰り返されます。

 

そればかりか、何が善で何が悪かの判断すら自分で下せない人も増えていて、それが「斉藤さん」の中では群れた日和見ママ集団を形成します。

 

自分の意思で何も決められないと言うことは、時に、いやいつも日和見な人間の形成を助長します。

 

それが現状の日本の状況でしょうか。

 

善悪よりも勝ち負けを優先する幼少期からの教育が暗い影を落としている・・・「斉藤さん」と言うドラマはそんなことに警鐘を鳴らしているように思えてなりません。

 

今一度、日本人としての誇りを思い起こす必要が、多くの大人にあるはずです。

 

多くの人になびくことは、簡単で、楽で、当たり前のように考えがちですが、そこに落とし穴があることに注意をしないといけないと思います。

 

集団悪、群集悪とは言いませんが、「悪の集団」があることも事実で、「多くの人が所属しているから・・・」「多くの人が利用しているから・・・」というのは、良いものとは限りません。

 

今こそ、「勝ち負け」でなく「善悪」で判断し、行動する時代なのではないでしょうか。

 

 

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2008.03.03  今こそ「道徳」の必要性が・・・

こんにちは。

 

おぼうさんどっとこむ 林です。

 

実は最近まで知りませんでした、小学校で「道徳」が授業として行われなくなっていたことを・・・

 

昨今の凶悪犯罪の低年齢化は、ここからくるものもあるのではないでしょうか。

 

道徳とは、人格形成に非常に役立つ教えで、その後ろ盾として、各宗教の根本にもある「心」の教えでもあります。

 

さまざまな悪から自分を律し遠ざけ、さまざまな善を他者のために行えるように、心のおき方、考え方を教えてくれるものなのです。

 

少年の犯罪が連日報道されている状況下の中、国に対し、もしくは文部科学省に対し、各宗教界から何の請願もされないのはおかしいと思ってしまいます。

 

どの宗教であれ、この国の未来を担う「子供たち」に対し、責任があるのではないのでしょうか。

 

宗教の本質を忘れた宗教者が多いのもまた、この国の現実と思わざるを得ません。

 

すべての人の、心のよりどころとなる「宗教」が今こそ必要とされています。

 

宗教とはそういうものだと、宗教者として切実に感じています。

 

学力ばかり追い求めた先にあるものは、経済的充足であり、心的充足でない。

 

心の教育を今せねば、日本と言う国自体が危うい。

 

「そんな先のことなど知らん」では、すまない危機的状況であると思います。

 

 

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